水の領域

瑞木理央(みずき・りお)の短歌と詩

2020-01-01から1年間の記事一覧

【連作短歌】 旅立ち

生き終えた樹木が朽ちてゆくようにわたしの湖(うみ)も乾きはじめる なつかしい匂いの部屋に包まれて時計の音に別れを告げて にんげんのかたちを解いて生命のはじまりの夜を迎えにいこう ひび割れた記憶の束はぜんぶぜんぶベッドの上に置いて、わたしは ひ…

【短歌】月に寄せて

目を閉じて息を澄ましてこの夜と一つになってゆく闇の肌 メランコリアの月はお菓子を食べ過ぎてほろんほろんと降る粉砂糖 魔女の肌色の今夜の月だからケチャップまみれにするオムライス 銀の屑しゅらしゅら砕け降る夜の銀の欠片でみずうみを買う 木枯らしが…

【連作短歌】蟹のいる生活

青痣が消えない点滴針の痕 終末前夜をどこまでも行く 血のにじむ絆創膏を剥がすとき無音の白い空間が来る 肝臓に棲む黒蟹の消息をきくたびに潮騒がうまれる 遺伝子の捩(よじ)れた蟹にぴったりと寄り添うような波をください 両肺に水玉模様の火を宿し浅瀬で…

【連作短歌】青葉のコード

紫陽花の珠がほどけてきらきらの蕊が地球を芯から照らす 鶯がまた口ずさむ六月のアリアに森の声が重なる 龍の庭にプラスチックの遺物あり ヒトは何処でもピクニックする QRコードが埋め込まれた青葉たまに雀も読み込んでゆく ウイルスの生きのびかたを称え…

【短歌】この世へと

題詠〈雛〉この世へと生(あ)れ来る前の雛の棲む卵の中のちいさな宇宙 転生を繰りかえすたび草臥れてゆくたましいを滌(すす)いで翠雨 こころの生ぶ毛をそっとなぞって火のようなあなたの深みに触れる 言葉で note.com

【連作短歌】踏まれた薔薇

殺意閃くさくらばな殺す側にわたしはきっとなれないでしょう * 心臓が裂かれる音をきいていた箱庭の薔薇踏みしだかれて 花には花の痛みがあってこの夜も誰かが水の包帯を巻く 花の文字、薔薇の言葉を解さないヒトらの靴の裏で花片は どの薔薇も怯えたように…

【短歌】むらさきの

むらさきの屍体散らばるように花あえなく果てて桐の樹の夏 note.com

【連作短歌】春の回廊

春が来る 眠れる土に高らかなボレロを響かせて春が来る アーモンド、杏、さくらに似た花をあつめて春の回廊とする 三月の風の針先つついたら染井吉野のけはいが覗く 四月にはいろとりどりのキャンディーが空からこぼれおちてはひらく 冬鳥の消えた池には龍が…

【短歌】千の眼を

千の眼を瞠(みひら)くように羽ひろげ異界の春を告げる孔雀よ 艶やかな求愛なんぞ目もくれず姉妹孔雀の午後の長閑(のど)けさ note.com

【連作短歌】沈みゆく春に

花びらにひらりひらりとウイルスを宿しいのちを削る桜よ 恋じゃない恋じゃないけどこんなにも掻き乱される見えない君に 綻びてゆくシステムは日常の息の根をゆるやかに縛って 春の陽を感じていよう咳をしただけで独りになる車両でも 祈るように手を洗いつつ…

【連作短歌】 午前27時のLove Letter

目が合った瞬間(とき)をぼくらは忘れてる波打ち際で鳴るファンファーレ 誤字すらも可愛い君のmailから感染したい どうせ飛ぶなら ぼくたちの痛さ苦さも溶けてゆき溢れて海は永遠になる 吊り橋の上でぼくらは遥かなる波に呑まれぬように離れた 百億年のちの…

【断章】美醜について

私は あなたという存在の根源から放たれる美しさ を知っている私は あなたという存在の深淵に蠢く醜さ を知っている かつて 私はあなたの教室の12列目であなたが声を発する瞬間を待っていた一分の隙もなく鎧われた あなたの言葉の尖りが私には心地よかった私…

【連作短歌】見えない戦争の時間です

言の葉の渦巻く海よ水中で目には見えない戦争がある 奪うより与えることを選んだら今しも骨になりそうな月 バーチャル鬼ごっこの鬼たちは月の裏で朽ち葉をかぞえていたが 欲望がせめぎあう夜この惑星(ほし)の芯をふるわすほどの痛みを 水晶を愛したことは…