水の領域

瑞木理央(みずき・りお)の短歌と詩

【連作短歌】春の回廊

 

春が来る 眠れる土に高らかなボレロを響かせて春が来る

 

アーモンド、杏、さくらに似た花をあつめて春の回廊とする

 

三月の風の針先つついたら染井吉野のけはいが覗く

 

四月にはいろとりどりのキャンディーが空からこぼれおちてはひらく

 

冬鳥の消えた池には龍が来てみどりの声を意訳している

 

乱視の眼、貸してあげるね。木洩れ陽がイルミネーションみたいにずっと

 

昨日より淡いさくらのまなざしを風のデータに閉じ込めてゆく

 

騒ごうよ サービス精神旺盛な孔雀に羽根を分けてもらって

 

春暮れて木香薔薇で飾られた家をこころの地図に泛べて

 

大いなる雲を畏れているときもまぶたに花を絶やさぬように

 

 

 

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【連作短歌】沈みゆく春に

 

花びらにひらりひらりとウイルスを宿しいのちを削る桜よ


恋じゃない恋じゃないけどこんなにも掻き乱される見えない君に


綻びてゆくシステムは日常の息の根をゆるやかに縛って


春の陽を感じていよう咳をしただけで独りになる車両でも


祈るように手を洗いつつ沈みゆく春のひと日をひそやかに抱く


週末は超カラフルなマスクして知らないひとと接触したい


カフェオレを手に純粋な死について語り合えた日を奇跡と憶う

 

 

 

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【連作短歌】 午前27時のLove Letter

 

目が合った瞬間(とき)をぼくらは忘れてる波打ち際で鳴るファンファーレ

 

誤字すらも可愛い君のmailから感染したい どうせ飛ぶなら

 

ぼくたちの痛さ苦さも溶けてゆき溢れて海は永遠になる

 

吊り橋の上でぼくらは遥かなる波に呑まれぬように離れた

 

百億年のちの宇宙へ歌を産もう このまま君を滅ぼす前に

 

詩歌とは、媚薬。あなたのたましいの翼となって虚空に果てる

 

太陽系焼き尽くすほど恋してた惑星ぜんぶ道連れにして

 

いつまでもそのままでいて双子星(ポルックス)あなたの息が光跡になる

 

出逢いからさよならまでの記録(レコード)を空の写真で上書きしてる

 

文字が絶え言葉が亡び果てるともぼくらの歌は廻(めぐ)りつづける

 

 

 

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【断章】美醜について

私は あなたという存在の根源から放たれる美しさ を知っている
私は あなたという存在の深淵に蠢く醜さ を知っている

かつて 私は
あなたの教室の12列目で
あなたが声を発する瞬間を待っていた
一分の隙もなく鎧われた あなたの言葉の尖りが
私には心地よかった
私はあなたの美しさに魅せられた

いつからだろう
あなたの内に 小さな洞(うろ)を見かけるようになったのは
その洞は
私の内に巣食うそれと とてもよく似ていた
私はそれをも好もしく迎え入れた

そして あの日
あなたのハイヒールの踵が
私の首もとに触れたとき
その硬く冷たい感触が 喉を食い破り
私の声は閉ざされた

あなたの口が引き裂かれ
不気味な嗤い声が 廊下を響もしたとき
私は凍えそうになりながら ただ震えていた

男に踏みにじられるように
女に踏みにじられた おんなの悲鳴が
私にはきこえた

あなたに踏みにじられたおんなは
あなたの足の その硬さと冷たさを 忘れまい

ひとは
美しく着飾ったもののうちに 醜悪な澱を覗き込み
醜悪なもののうちに 耀く石を見いだす

いつかふたたび 交わることがあれば
私はあなたに告げようとおもう
あなたの美しさと あなたの醜さについて

 

 

 

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【連作短歌】見えない戦争の時間です

 

言の葉の渦巻く海よ水中で目には見えない戦争がある

 

奪うより与えることを選んだら今しも骨になりそうな月

 

バーチャル鬼ごっこの鬼たちは月の裏で朽ち葉をかぞえていたが

 

欲望がせめぎあう夜この惑星(ほし)の芯をふるわすほどの痛みを

 

水晶を愛したことは罪じゃない(忘れないのは水晶の罪)

 

降臨を待ちのぞむ日を 液晶の窓の向こうの気が荒れる日を

 

冬天の感極まって潤んでる星があなたの歌を奏でる

 

暗黒の宇宙ひろがりひと筋の白い吐息の抵抗のあと

 

じゃんけんをしようかぼくの聖域ときみの呪文がぶつかる場所で

 

手放したはずの切符がポケットに触れてぱらりと夜をほどいて

 

星が好きだったあの子に贈られたすべての音と詩の宇宙葬

 

 

 

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【断章】因果関係の創造

(1)サラダにかけるドレッシングを作ろうとしたら、ハーブソルトが切れていて、食卓塩を使った。サラダはいつもより塩っぱかった。

(2)マスクを家に忘れて、そのまま満員電車に乗ってしまった。その夜、喉が炎症を起こした。風邪をひいたようだ。

(3)地獄坂を後ろ向きで歩いていたら、目の前を黒猫が横切った。帰り道で転んだ。


[問]
(1)〜(3)の中から、因果関係が科学的に説明できるものを選びなさい。
もしくは、あなた自身のあらたな因果関係を創造しなさい。


[解答]
わたしのしゃっくりが止まらないときは、蝶にねらわれている。

蜜柑を食べているとき、右の頬の内側を噛んでしまったら、廃校に雷が落ちる合図。

羊を一匹も数えないうちに眠りに吸い込まれたら、綿菓子の夢を見る。

明日降るはずの雨の、二十五滴目が海の入り口までたどり着いたら、来年もタンポポは、咲く。

 

 

 

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