水の領域

瑞木理央(みずき・りお)の短歌と詩

【連作短歌】エレベーターで上がったり下がったりした日

 

透明な種として過ごしたい街で個体識別されて冬空

 

高層ビルの窓に映った青空と雲と高層ビルがまぶしい

 

シースルーエレベーターに運ばれてこのまま一人で昇天したい

 

あすの朝ゴジラに変身していたら私がビルを踏みつぶす番

 

二〇〇メートル下りれば歩道を人類があるいていたので私もあるく

 

いつの日か廃墟となって堕天使がはしゃぐ駅前バベルの塔

 

ビル風に殴られながらシャッターを押すゆびさきが無言のままだ

 

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◎初出: http://newmoon555.jugem.jp/?eid=520

 

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【断章】 ◯ と私のあたらしい関係

あなたは優しいひとだ
私が犯した罪を知っても 私を責めなかった
あなたは冷たいひとだ
私が苦しみ悶えていても 手を差し伸べてくれなかった

なにも言わない
なにもしてくれない
あなた

たとえそうであっても
あなたを知って
あなたのもとに辿り着いたこと
そのことが
大粒の花びらの渦となって 私を満たし
そこから
私を巡るあらゆる粒子が
やわらかな光を纏いながら耀きはじめたのだ

あなたは 生まれて間もない子どもみたいに
なんでも欲しがって
手に入らないと 嵐のように泣き叫び
世界を紊す

私はあなたを宥めるために
あなたの名を呼ぶ
あなたには名前がない
だから
私がつけたかりそめの名を
呼ぶ
ここにいるからね、と
あなたを呼ぶ
私のなかにいる小さなあなたを
そうっと抱きしめる

いつか
遠い先のことか
あるいはもっと近い未来か
私が私でなくなり
あなたの一部になって
もう二度とあなたを離れない
そんな時が訪れること
とても待ちどおしく
少しおそろしくもあり
でも、そう、たのしみにしているよ

 

 

 

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【短歌】Schizophrenic Visions

 

(怒ってる)郵便ポストの顔色がシグナルレッドに変化した朝

 

エンジンの音が私を責めているようで歩道をあるけなかった

 

昨日までなかったはずの歩道橋、建設過程を誰も見ていない

 

深海魚から受け継いだ遺伝子が私の意図を支配している

 

    *    *    *


サイレンが近づいてくる私だけに通告された滅びのシグナル

 

洪水が来るとか私に言われても箱舟ひとつ造れないのに

 

     *    *    *


人類のすべてが狂いだしていま私一人の正気が凍る

 

鳥も私の味方じゃなくて息継ぎのために電車で揺れる一日

 

     *    *    *


盛(さか)る火にもし魂があるのなら私の脳に棲んでるのいま

 

眠らせてほしい神様もう二度とあなたを飛び越えたりしないから

 

     *    *    *


日本語があらゆる場所で毒となり矢となり私を消すしかなくて

 

無名人なのに組織に監視され心の中まで透視されてる

 

頭上たかく横切る赤い飛行機が私の思想を持ち去っていく

 

     *    *    *


知らぬ間に境界線を踏み越えた咎で天使に責められてます

 

たくさんの見えない小さなともだちに触覚経由で合図をされる

 

空と雲、だけがいつもとおんなじで何も言わない優しさが在る、と

 

いまここの世界を実在させるため戦っている君に拍手を


     *    *    *

 


統合失調症発症時の体験を、短歌で表現したものです。
2016年にTwitterで発表したものに、少し手を加えて再録しました。
ここで再公開するか迷ったのですが、発表当時、同病経験者の方から「素晴らしく病気を的確に表現されて〜」との評価をいただいたので、残すことにしました。

同じような状況にいて苦しんでいる方々へ。どうか少しでも安心できる環境で、生き抜いていけますように。

 

[追記]
別ブログに、これらの短歌について、少し解説を書いてます。
http://newmoon555.jugem.jp/?eid=569

 

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【連作短歌】地下劇場の王国より

 

パペットの糸切れたあとその瞳(め)にはひかりが宿る やがて開幕

 

観客がわたし独りの劇場に轟きわたるオラクルの蒼

 

道化師がバビブベぼくの鼻先で告げる世界をはみだす呪文

 

真実は劇薬だからすこしだけ朝のスープにそそいであげる

 

錆びついたメロディーよりも熱い嘘 過激なほうを取り分けるから

 

托卵の歌とき放て明日にはきっとわたしがあなたを超える

 

硝子戸の前に立っても開かない自動ドアではない板硝子

 

何処へでも行けるIC乗車券かざして月の改札口へ

 

何周も同じ楕円をめぐりつつ なのに降りられないわたしたち

 

狂乱の一歩うしろを追いかける消炭色の沈鬱いまは

 

名づけられなかった星の血汐もて歌は夜空の黒板に画け

 

Gloria あなたの涯(はて)に降る雪を穢すわれらに幸いあれ、と

 

 

 

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【断章】言葉よりも切実な言葉を

詩よりもずっと痛切な詩を
言葉よりももっと切実な言葉を
私は求めつづけていた

ペン先が掠れ
見えない文字を刻みつける
紙の音
その紙の窪みに
かろうじて掬われる痛み

痛みだけが確かにあって
その痛みによって生かされる命があるということを
あなたはやがて知るだろう
そのときあなたは
一つの幸と一つの不幸を手に入れる

その掌(て)に握りしめた一片の音を
死ぬまで離すな

黒鍵と白鍵のあいだにある
誰も鳴らさない音を
いつかあなたは奏でる

あなたの奏でる音は
波紋のように地上をふるわせ
めぐりめぐって
いつしか遠いかなたから
あざやかな応えがかえってくるだろう

その日まで
まっすぐに痛みつづけよ

 

 

 

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【連作短歌】ヘモグロビンが足りなくなる日

 

鮮血がほとばしる日を(おだいじに)鉄の錠剤しろく煌めく

 

赤血球白血球をかぞえたら私の肺に吹くあかい風

 

いつもより賑やかに鳴る鼓笛隊むねに抱えてのぼる階段

 

血を流しまた血を流し残された血が体内をまためぐりゆく

 

子宮から剥がれ落ちた血は裏側でいつか誰かの体液になる

 

産むまいと決めても性の規定によりもれなく月経はついてくる

 

 

 

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【断章】壊れた世界

この世界が壊れた場所だということを
私はとうに知っていた

だから 世界が音を立てて崩れてゆくのを目にしても
(ああ、こういうこと、前にもあったな・・・)
と どこか懐かしいような気さえしてしまう

そう
どこか懐かしい
壊れた世界

そもそも世界が壊れていなかったことなんて
あっただろうか
もうずっとずっと前から
世界は壊れていたんじゃないか
ただ それを見てしまう者と 見ようとしない者がいるだけだ

だから私は この壊れのただなかに佇もう

壊れた世界に生きる
残された生を

 

 

 

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