水の領域

瑞木理央(みずき・りお)の短歌と詩

短歌

【連作短歌】 星の時間を生きる

金のペン銀のペンから星が降る何もない日をきらきらにする 逆走の水星(マーキュリー)おどけた声で古い手紙を曝きはじめる 宝石のような時間を終えてやや恥ずかしそうに宵の金星(ヴィーナス) 眼に映るすべてのものを焼き尽くす前の乾いた胸に火星(マルス…

【連作短歌】Wonderful Vegetables

嫌われてお皿の隅に残されたピーマンだけを愛したい夏 剥きすぎたレタスの山と戦えず卵とともに駆け出した朝 鮮やかな南瓜よ馬車になるよりもプリンになれよ私のために 午前9時にんじんジュースに飛び込んで溺れた蠅を弔う鐘だ カイワレが野菜売り場から消…

【連作短歌】蟹と闘う

繰り延べた死を思い出す前夜祭 診察券は財布に入れる いつもとは違う路線の地下鉄に乗る乗り換えるここが戦場 本日の受付番号、平安京遷都と1番違いで惜しい フルネーム何度も問われ何度でも答える喉がやや縺れつつ 皮膚を破り侵入者として血液を奪う針から…

【短歌】recurrence of cancer 2016

死神の消息を聞くたびにこの世界は色を鮮やかにする * * * 死神がご機嫌いかがと軽やかに尋ねてわらう初夏真昼(はつなつまひる) 他界からの風の便りになつかしい空のにおいがよみがえる午後 生まれくる前の場所へと還る旅 ひと息ごとに花が零れる 去り…

2016年後半の短歌

宿題を残したままで夏暮れて霧の向こうにあるはずの湖(うみ) 懐かしい玩具(おもちゃ)の声に微睡んで退化してゆくぼくらに繭を 古代都市遺跡にあそぶ縞猫の尾にきざまれた裏クロニクル * * * 秋三首。 運命は低いところが好きだから転がってゆくドング…

【短歌】小さな手紙 2

すずやかな銀杏並木が黄水晶(シトリン)のしずくを散らすあきかぜの道 Twitterで交流のあった、あきかぜさんに。 * * * ◯人名折句 水に舞う瑞鳥の羽(はね)はろばろと来世を照らせ紫苑いろの灯(ひ)よ 背中には翔べないままの泣きそうな翼があった こ…

2016年前半の短歌

Twitterとは。 挨拶も交わさず星を贈り合うのが今日のコミュニケーション つぶやきが君のアンテナ掠ったら黙って星を光らせなさい ソーシャルな愛を安売りしたくないぼくらに星を返してほしい 液晶の窓に浮かんだ文字だけの弱い絆がぼくらのすべて * * * …

2015年頃の短歌

詩をくれた君に常套句(クリシェ)を返すしかできないことが悔しくて今 風に薫る言葉を摘んで花束にして君に捧げる愛の歌 * * * 風の筆が雲の模様を描き出す空のキャンバスどこまでも青 * * * ネット炎上。 正しさを求め続ける蟲たちが集う電脳異端審…

2014年の短歌

赤銅(あかがね)の月に追われて異界への扉をひらく蝕(エクリプス)の夜 深淵を覗いた罪で深淵に呑み込まれてゆく 私は宇宙 樹のみどり草の緑にみずうみの碧をあつめてすべてを青に 海色の街を漂う 透明な水母(くらげ)みたいに傘をひろげて 乙女回路を持…

【短歌】「かばん」4月号

追憶の傷に触れる書ノンブルが光になって弾けて消える 貫いた狂気の果ての残り火を光の消えた廃墟に灯す 溜め息がきこえる距離でそれぞれの宇宙に繋がる液晶の窓 暗号のような手紙を空に撃つあなたの指は近くて遠い 帽子から次々跳び出す鳩や花、リボンのよ…

【短歌】小さな手紙

「小さな手紙」 桜餅の葉にふくまれた塩分が朝(あした)わたしの涙にかわる ノラ猫に生まれかわって来世では煮干しが泳ぐ海辺で暮らそう 薄闇の底に光はしらしらとあなたの石を照らしはじめる 家じゅうを探しまわって見つからず開けた窓から来る青い鳥 冬の…