水の領域

瑞木理央(みずき・りお)の短歌置き場です。

【断章】 世界は愛で充たされている

私はこの手に
愛を握りしめて 生まれた
いたるところに
愛はころがっていた 

窓と窓の透き間に
鳥と風のあいだに
一本の樹と私の出逢いに
星と星のあわいに
愛はころがっていた

何もない空間でさえ
愛が充ちあふれていた

憎しみの渦も
涯のない孤独も
終わりのないたたかいも
この世に巣食う
ありとあらゆる痛みやくるしみも
私から愛を持ち去ることはできなかった

世界は愛で充たされている
だから私は
ただ レンズを磨くだけでよかったのだ

 

【連作短歌】ありふれた夜のために

   「生まれてこなければよかった」と叫ぶすべての魂に、この連作を捧げます。

 

新月の闇から闇へ谺(こだま)する無邪気な夢魔の宣戦布告

 

まなうらの水晶宮の奥深く誰もが孤独な王となる夜

 

眠ってる星の記憶を辿りつつわたしを使役する電子音

 

星と星ゆき逢う宙(そら)をつきぬけて無数のノイズ君のシグナル

 

彗星とすれ違うとき完璧な夜をまっぷたつに裂くベルが

 

世界征服と世界平和の微差を問う声ひそやかに睡蓮の朝

 

地下鉄が唸る誰もがざらついた憂鬱を飼い馴らす火曜の

 

いつか来るその日を医師は真っ直ぐに指さずくるくる遠回りして

 

横なぐりの突風そらも壁面も床も雪崩れてキュビズムの午後

 

指先の皹(ひび)からにじむ血の真紅(あか)をわたしの遺伝子が叫んでる

 

虚空へと蹄の音は消えてゆく雷雲そして驟雨の使者よ

 

狂詩曲(ラプソディ)はしゃぎつかれて眠る雨、それから虹を奏でるひかり

 

空腹を電子レンジであたためて仄かな湯気がみちる暗室

 

痛覚が散らばる部屋に閉ざされて見えない鎖、溶けゆく薬

 

自爆テロ/萌え絵/飯テロ/液晶の同じ窓から飛び込んでくる

 

病む人に病む人々に病む世界誰のレンズも薄く歪んで

 

忘れられた歌の欠片を流してる棄てられてゆく世界の岸へ

 

狂いだせ薔薇、雪、ピエロ、わたしたち諦めることに慣れてしまった

 

積み上げた煉瓦を崩しまた積んで それぞれの島 それぞれの宇宙

 

あるときはあなたも迫害する側にいて取り分けるずたずたの肉片

 

わたしたちが命をやり取りした海にパフェの写真が浮かんで消える

 

叫ぶように、ささやくように、海の底いくつものSOSながれ

 

(あなたのようなひとが生まれてこなければよかったなんてそんなはずないのに)

 

こんなにも遥かな場所で泣き叫ぶあなたのために世界は産まれた

 

神の名を呼べないままの黄昏を蹴飛ばしてゆけ蒲公英(たんぽぽ)の道

 

一粒の麦に誰かが選ばれて その死の果ての黄金(きん)いろの初夏

 

国境のアイスブルーの海をゆく少年人魚の鱗が揺れる

 

遠いほど祈りは届く(届かない詩は吹き消して)ありふれた夜(よる)に

 

文字になる前に薄れた感情のひとつひとつに風の墓碑銘(エピタフ)

 

交信はすべてがゼロになる日まで続くわたしたちの闇夜から

 

 

note.mu

 

【短歌】夏の散歩道

 

森をゆく 梢を鳴らす風音に耳をふさいでずんずん歩く

 

樹がとぎれ空がひらけてその下に団地の群れがぎゅうぎゅう光る

 

   *     *     *

 雨。

雨粒がやけに大きい夕立に打たれて走るでもなく濡れる

 

青空が見えているのに強くなる雨のあしおとまた遠くなる

 

濡れた服はすぐ乾くから雨なんかなかったことにして歩きだす

 

   *     *     *

 

仰向けで寝ているだけだ。まだ死んでないからと蝉、翅で語る

 

   *     *     *

 

 夜。

光源がいたるところに夜の道いくつもの影を従えてゆく

 

星あかりを吹き消しながらジェット機は赤や黄色のウインクを撒き

 

鞦韆(ぶらんこ)にゆれて木星また揺れて夏の夜風はざわざわしてる

 

星の鳴る音を額へあずけたら耳から耳へ途切れがちのカノン

 

 

 

 

note.mu

【短歌】水の季節

 

花時計の針は時間を止めたまま降りゆく水の季節を眠る

 

生きて今が在るということ公園の青い楓の葉が揺れること

 

点滴の針の痕からアンタレス、赤き光を散りばめてゆけ

 

空白の日を白いまま過ごしてる光 はためく雲ばかり見て

 

八万六千四百秒の一日を生き終えてまた明日(あした)が孵る

 

 

note.mu

【連作短歌】芒果色の日曜日

 

太陽の汁が滴るマンゴーの果肉に花のような歯形を

 

クリームの白を掬えばスプーンが踊りはじめるきらきらワルツ

 

シャーベットしゃりしゃり恋に墜ちるときこめかみを突くちいさな芽吹き

 

蜜色のゼリーそれよりクリームの泡にまみれて溺れたいのに

 

ひとくちが遠い記憶になるまでを太陽の舌先でなぞって

 

ひとりパフェひとりで終える日曜の夢の際(きわ)までマンゴーが降る

 

 

note.mu

 

【連作短歌】夢の消息

 

目蓋との境に闇が満ちるときからだは粒子となって散らばる

 

イヤホンをしたまま夢に降り立って、エイトビートで駈ける草原

 

曲調が緩やかになる風音とやさしく睦みあう夜想曲ノクターン

 

近づくと幽かに土をふるわせてジムノペディが湧き出る泉

 

チャンネルが替わって夢は第二章、旧い校舎に制服で立つ

 

どこまでもつづく廊下のリノリウム窓のかたちの光沢を踏む

 

黒板にヒエログリフの伝言が残されたまま朽ちる教室

 

図書室は黴のにおいに包まれて誰も読まない『レ・ミゼラブル

 

色褪せたマルドロールの一〇〇頁開いてきみの消息を知る

 

覚醒はいつもと同じベルの音 夢の余韻をあとすこしだけ

 

 

note.mu