水の領域

瑞木理央(みずき・りお)の短歌置き場です。

【連作短歌】月のマイルストーン

 

穢された月の記憶がよぎる空、あなたの嘘を曝くさきぶれ

 

語れない罪を負うひと月の夜はつきのひかりにさえ怯えつつ

 

なまぬるい外気に触れて ささくれた言葉にバンドエイドを巻いて

 

ただひとりの闘いひとつ終えるたび拡がってゆくかなしみの染み

 

弱くあることがさらなる自由へとつづく道には花だけがある

 

振り返りふりかえり咲く幾重もの花びらの紋、砂に託して

 

印影のようにあしあと刻みつつマイルストーンを跳び越えてゆく

 

ユートピアまで何マイル? 振り向けば運命だけが見送っていた

 

 

note.mu

 

【連作短歌】神の箱庭

 

好きだった歌のたそがれ音符ごと黒板消しで消したい夏だ

 

敵意よりやさしく嫉妬よりぬるいトマトはすこし熟れすぎている

 

駆けのぼるほど腐ってゆく人間もかつて信じた夢の果実も

 

売文屋、かなりや殺しの罪隠し吹けば飛ぶよな言の葉の檻

 

生き延びろ。闇に愛された徴(しるし)は前髪で匿して駆け抜けろ

 

誰もみな目を合わさずにビー玉を弾いて跳ばす神の箱庭

 

なまなまと爪痕いまも癒えぬまま黒塗りにされてゆく文字列(テクスト)

 

水没の刹那ひそかに愛された記憶を抱いて眠れ、鉄塔

 

 

note.mu

【連作短歌】cyberspace 2017→2016

 

甘やかなサイバーテロの標的になったVOCALOID(ボカロ)を巡る文字列

 

私の内部のある種の回路がすり減ってゆく剥き出しの視線の下で

 

「悪の側(がわ)に立つ」ときこえた電磁波にまぎれて声はすこし掠れて

 

天上の窓から文字が降りそそぎ それがぼくらの祝祭だった

 

監視下のL 0  <    ə        は螽に燃やされて火群(ほむら)となって夜を彩る

 

野の鳥が文字とリズムを切り裂いて比喩をついばむ歌の風葬

 

法律も医者も見棄てた妄想を擁(いだ)いて肥ゆる電脳の海

 

半身を無法地帯に配置して私は私の法に従う

 

 

note.mu

【連作短歌】交換/交感/交歓

 

液晶の窓をひらいてこの国にひしめく鳥の囀りをきく

 

現実(リアル)では出逢えなかった君や君と不意につながる文字列(テクスト)の波

 

暗号を解く鍵もまた暗号で送るしかなくて捩(もじ)れる文字が

 

チューナーを君の周波に合わせたら ぼくはいま変声期のVOC@LOID(ボカロ)

 

世を憂う君の本気のラブレター賞味期限はわずか一日

 

閉ざされた文字列(テクスト)の交換でしか通じ合えないぼくらの回路

 

きょうはずっと寝ていたいから恋人の電源を切る すっごい便利

 

壊れてる ぼくたちみんな壊れてる なんてすてきな終末の夜

 

 

note.mu

【連作短歌】時間製造工場

 

いつの間にやらつぶれた店の跡地にはどこもかしこもセブンイレブン

 

この国の時間を赤く塗りつぶす工場としてコンビニは建つ

 

コンビニの本体よりも駐車場がだだっぴろくて暮れる郊外

 

クレジットカードを持たぬ大都市の貧者のためにFamiポートあり

 

レジの人の笑顔に負けないやさしさでお釣りを受け取る右手が愛

 

通販の料金支払い終えてすぐコンビニを出る。嫌な客だろう

 

時間よりお金が大事。お金より時間が大事。あなたはどっち?

 

眠れない町眠らない夜に棲み闇は私をもう愛さない

 

 

(初出:「かばん」2017年6月号)

 

◎自作解説: http://newmoon555.jugem.jp/?eid=558

 

note.mu

 

【連作短歌】 チョコレート大博覧会

 

ショコラトリーひしめく二月の博覧会 人、人、人の瞳(め)は弾んでる

 

折れそうな自分のためにチョコを買うおんなのひとはみんなかわいい

 

いきたくてたどりつけない迷宮の壁の向こうのラ・メゾン・デュ・ショコラ

 

わたしもうこんなショコラに囲まれてからだの水が沸騰しそう

 

BL(ボーイズラブ)のいちばん熱いシーンでもつめたいわたし、なのにショコラは

 

稀少種のカカオを栽培する人の胃には届かぬタブレット苦し

 

深夜、2ちゃんねるで。ショコラを売る人の労働時間を知って胸焼け

 

罪悪感まみれのチョコはとけてゆく舌を儚く彩りながら

 

          ※チョコレートを愛するすべての女性に贈ります。

 

◎初出: http://newmoon555.jugem.jp/?eid=525

 

note.mu

【連作短歌】 働くことは尊い

 

労働と称するしずかな戦争に破れて散ったあの子も私も

 

息をするだけでお金が減っていく家賃年金健康保険

 

病院で支払う医療費分さえも稼ぐ力がなくて死にたい

 

生命力ゼロの私が働けば経済効果はさらにマイナス

 

社会とは働く人のものである——私に社会は存在しない

 

いなくてもいい存在である僕のために働く医師は尊い

 

(ISの戦闘員となることも就職先の一つではある)

 

労働に駆り立てられて倒れても倒れてもまた駆り立てられて

 

 

(初出:「かばん」2017年5月号)

 

◎自作解説: http://newmoon555.jugem.jp/?eid=557

 

 

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