【連作短歌】時間製造工場
いつの間にやらつぶれた店の跡地にはどこもかしこもセブンイレブン
この国の時間を赤く塗りつぶす工場としてコンビニは建つ
コンビニの本体よりも駐車場がだだっぴろくて暮れる郊外
クレジットカードを持たぬ大都市の貧者のためにFamiポートあり
レジの人の笑顔に負けないやさしさでお釣りを受け取る右手が愛
通販の料金支払い終えてすぐコンビニを出る。嫌な客だろう
時間よりお金が大事。お金より時間が大事。あなたはどっち?
眠れない町眠らない夜に棲み闇は私をもう愛さない
(初出:「かばん」2017年6月号)
◎自作解説: http://newmoon555.jugem.jp/?eid=558
【連作短歌】 チョコレート大博覧会
※チョコレートを愛するすべての女性に贈ります。
ショコラトリーひしめく二月の博覧会 人、人、人の瞳(め)は弾んでる
折れそうな自分のためにチョコを買うおんなのひとはみんなかわいい
いきたくてたどりつけない迷宮の壁の向こうのラ・メゾン・デュ・ショコラ
わたしもうこんなショコラに囲まれてからだの水が沸騰しそう
BL(ボーイズラブ)のいちばん熱いシーンでもつめたいわたし、なのにショコラは
稀少種のカカオを栽培する人の胃には届かぬタブレット苦し
深夜、2ちゃんねるで。ショコラを売る人の労働時間を知って胸焼け
罪悪感まみれのチョコはとけてゆく舌を儚く彩りながら
◎初出: http://newmoon555.jugem.jp/?eid=525
【連作短歌】 働くことは尊い
労働と称するしずかな戦争に破れて散ったあの子も私も
息をするだけでお金が減っていく家賃年金健康保険
病院で支払う医療費分さえも稼ぐ力がなくて死にたい
生命力ゼロの私が働けば経済効果はさらにマイナス
社会とは働く人のものである——私に社会は存在しない
いなくてもいい存在である僕のために働く医師は尊い
(ISの戦闘員となることも就職先の一つではある)
労働に駆り立てられて倒れても倒れてもまた駆り立てられて
(初出:「かばん」2017年5月号)
◎自作解説: http://newmoon555.jugem.jp/?eid=557
【連作短歌】 星の時間を生きる
金のペン銀のペンから星が降る何もない日をきらきらにする
逆走の水星(マーキュリー)おどけた声で古い手紙を曝きはじめる
宝石のような時間を終えてやや恥ずかしそうに宵の金星(ヴィーナス)
眼に映るすべてのものを焼き尽くす前の乾いた胸に火星(マルス)は
木星(ジュピター)がわたしの部屋を訪れる日は花束とゆびきりしよう
ぼくたちが時を尽くして運ぶべき石を教えてくれる土星(サターン)
蒼白の天王星(ウラノス)が掌(て)をひるがえし世の理(ことわり)を覆す真夜
君のいた夏もダリアの告白も海王星(ネプチューン)が視せるまぼろしで
冥王星(プルート)の力をもてあました末の夜 何度でも君はよみがえる
ばらばらになってしまったぼくたちに同じひかりが零れる奇蹟
金星と火星が出逢う宙(そら)の図を描いて星の時間を生きる
◎自作解説: http://newmoon555.jugem.jp/?eid=556
【連作短歌】Wonderful Vegetables
嫌われてお皿の隅に残されたピーマンだけを愛したい夏
剥きすぎたレタスの山と戦えず卵とともに駆け出した朝
鮮やかな南瓜よ馬車になるよりもプリンになれよ私のために
午前9時にんじんジュースに飛び込んで溺れた蠅を弔う鐘だ
カイワレが野菜売り場から消えた日をおぼえていますか・昭和生まれよ
花だってきっと可愛いはずなのに蕾のままで眠るブロッコリー
煮るだけで翡翠(ひすい)に変身する君はもはや奇跡だグリーンピース
もぎたての曲がった胡瓜はメロンよりjuicyでぼくは野性に還る
血より濃い彩(いろ)のトマトにかぶりつくベジタリアンの老バンパイア
ニンニクを丸かじりして頭骨を火蜥蜴(サラマンダー)の尾が跳ねまわる
◎自作解説: http://newmoon555.jugem.jp/?eid=555
【連作短歌】蟹と闘う
繰り延べた死を思い出す前夜祭 診察券は財布に入れる
いつもとは違う路線の地下鉄に乗る乗り換えるここが戦場
本日の受付番号、平安京遷都と1番違いで惜しい
フルネーム何度も問われ何度でも答える喉がやや縺れつつ
皮膚を破り侵入者として血液を奪う針から目を逸らしてる
やわらかなからだに傷をもつ人が固まりながら待つ白い部屋
ペパーミントグリーンの声で話す医師はわたしの不安を食いとめる役
「問題はないです」なんて異常値の腫瘍マーカー見せて主治医は
注射器が小さな戦士を送り込む 蟹に侵され傷んだ骨に
病院の午後のひかりは淡くなるゆるやかになる 少しだけ眠い
◎初出: http://newmoon555.jugem.jp/?eid=522
【短歌】recurrence of cancer 2016
死神の消息を聞くたびにこの世界は色を鮮やかにする
* * *
死神がご機嫌いかがと軽やかに尋ねてわらう初夏真昼(はつなつまひる)
他界からの風の便りになつかしい空のにおいがよみがえる午後
生まれくる前の場所へと還る旅 ひと息ごとに花が零れる
去り逝くと知ればすべてがいとおしい 傷痕さえも煌き果てる
重すぎる荷物をひとつ捨てたあとの空漠をただ抱きしめている
* * *
脊椎がここにいるよと自己主張するように痛む長い長い夜
体芯を貫く光の道をもつ脊椎動物なんだ私は
走れないからだを生きて黄昏に追い越されたら火星になろう
* * *
私から光も風も過ぎ去ってdepressionが支配する夏
致死量の悪意を解毒しきれずに悲鳴をあげた肝臓異変
ひんやりと白い機械のトンネルを出るたびに流れる時の砂
亡骸となりゆく日々を直射する生の証としての痛みは
ロキソニンだけでは消えない痛みのみ生の証として認めます
長生きも早死にするも親不孝だから間をとって早生き
通行人Aを襲った悲劇より静穏な死を迎える準備
一歩ごと見えないドアに開かれる終りへの道果てしなくひとり
いつか君も齢(とし)を重ねてたどり着く道にしおりを残していくね。
* * *
ありふれた病でたぶん逝くからだにはありふれた午後の紅茶を
* * *
幾千の叶わなかった夢の実がさざめきながら僕に降る夜
* * *
ほら、悪性新生物と呼べば癌もやんちゃな未知の小動物だ
転移した癌をチャルルと名づけたら一緒に生きていける気がした
☆参照: http://newmoon555.jugem.jp/?eid=516
再発した癌とともに生きてます。