【連作短歌】 星の時間を生きる
金のペン銀のペンから星が降る何もない日をきらきらにする
逆走の水星(マーキュリー)おどけた声で古い手紙を曝きはじめる
宝石のような時間を終えてやや恥ずかしそうに宵の金星(ヴィーナス)
眼に映るすべてのものを焼き尽くす前の乾いた胸に火星(マルス)は
木星(ジュピター)がわたしの部屋を訪れる日は花束とゆびきりしよう
ぼくたちが時を尽くして運ぶべき石を教えてくれる土星(サターン)
蒼白の天王星(ウラノス)が掌(て)をひるがえし世の理(ことわり)を覆す真夜
君のいた夏もダリアの告白も海王星(ネプチューン)が視せるまぼろしで
冥王星(プルート)の力をもてあました末の夜 何度でも君はよみがえる
ばらばらになってしまったぼくたちに同じひかりが零れる奇蹟
金星と火星が出逢う宙(そら)の図を描いて星の時間を生きる
◎自作解説: http://newmoon555.jugem.jp/?eid=556
【連作短歌】Wonderful Vegetables
嫌われてお皿の隅に残されたピーマンだけを愛したい夏
剥きすぎたレタスの山と戦えず卵とともに駆け出した朝
鮮やかな南瓜よ馬車になるよりもプリンになれよ私のために
午前9時にんじんジュースに飛び込んで溺れた蠅を弔う鐘だ
カイワレが野菜売り場から消えた日をおぼえていますか・昭和生まれよ
花だってきっと可愛いはずなのに蕾のままで眠るブロッコリー
煮るだけで翡翠(ひすい)に変身する君はもはや奇跡だグリーンピース
もぎたての曲がった胡瓜はメロンよりjuicyでぼくは野性に還る
血より濃い彩(いろ)のトマトにかぶりつくベジタリアンの老バンパイア
ニンニクを丸かじりして頭骨を火蜥蜴(サラマンダー)の尾が跳ねまわる
◎自作解説: http://newmoon555.jugem.jp/?eid=555
【連作短歌】蟹と闘う
繰り延べた死を思い出す前夜祭 診察券は財布に入れる
いつもとは違う路線の地下鉄に乗る乗り換えるここが戦場
本日の受付番号、平安京遷都と1番違いで惜しい
フルネーム何度も問われ何度でも答える喉がやや縺れつつ
皮膚を破り侵入者として血液を奪う針から目を逸らしてる
やわらかなからだに傷をもつ人が固まりながら待つ白い部屋
ペパーミントグリーンの声で話す医師はわたしの不安を食いとめる役
「問題はないです」なんて異常値の腫瘍マーカー見せて主治医は
注射器が小さな戦士を送り込む 蟹に侵され傷んだ骨に
病院の午後のひかりは淡くなるゆるやかになる 少しだけ眠い
◎初出: http://newmoon555.jugem.jp/?eid=522
【短歌】recurrence of cancer 2016
死神の消息を聞くたびにこの世界は色を鮮やかにする
* * *
死神がご機嫌いかがと軽やかに尋ねてわらう初夏真昼(はつなつまひる)
他界からの風の便りになつかしい空のにおいがよみがえる午後
生まれくる前の場所へと還る旅 ひと息ごとに花が零れる
去り逝くと知ればすべてがいとおしい 傷痕さえも煌き果てる
重すぎる荷物をひとつ捨てたあとの空漠をただ抱きしめている
* * *
脊椎がここにいるよと自己主張するように痛む長い長い夜
体芯を貫く光の道をもつ脊椎動物なんだ私は
走れないからだを生きて黄昏に追い越されたら火星になろう
* * *
私から光も風も過ぎ去ってdepressionが支配する夏
致死量の悪意を解毒しきれずに悲鳴をあげた肝臓異変
ひんやりと白い機械のトンネルを出るたびに流れる時の砂
亡骸となりゆく日々を直射する生の証としての痛みは
ロキソニンだけでは消えない痛みのみ生の証として認めます
長生きも早死にするも親不孝だから間をとって早生き
通行人Aを襲った悲劇より静穏な死を迎える準備
一歩ごと見えないドアに開かれる終りへの道果てしなくひとり
いつか君も齢(とし)を重ねてたどり着く道にしおりを残していくね。
* * *
ありふれた病でたぶん逝くからだにはありふれた午後の紅茶を
* * *
幾千の叶わなかった夢の実がさざめきながら僕に降る夜
* * *
ほら、悪性新生物と呼べば癌もやんちゃな未知の小動物だ
転移した癌をチャルルと名づけたら一緒に生きていける気がした
☆参照: http://newmoon555.jugem.jp/?eid=516
再発した癌とともに生きてます。
2016年後半の短歌
宿題を残したままで夏暮れて霧の向こうにあるはずの湖(うみ)
懐かしい玩具(おもちゃ)の声に微睡んで退化してゆくぼくらに繭を
古代都市遺跡にあそぶ縞猫の尾にきざまれた裏クロニクル
* * *
秋三首。
運命は低いところが好きだから転がってゆくドングリの群れ
しんしんと直視できない日輪を水は宿して死の際(きわ)に沿う
ゆわゆわわ水面に揺れる落ち葉より自由なものがこの先にある
* * *
2016年10月、名古屋市内の繁華街にて、革マル派デモに遭遇。
ゲバ棒をふるう人なき平成に何を守るか白ヘルデモ隊
メタリックブラックの街宣車からやけに滑舌のいい罵声を浴びて
異端的政治活動いつまでも闘えトムとジェリーのように
* * *
パレーシア。権力を握る者に、勇気をもって真理を述べること。時に命がけで。
青き死を懼れぬ者に託された闇がひかりを刺すパレーシア
* * *
怒りの日(ディエス・イレ) 天上界の非論理に焼き尽くされたあとの祈りは
* * *
チョコレートの誘惑。
論理よりレトリックより馨しいチョコレートには宇宙(コスモス)がある
純粋なカカオはひとを狂わせる次に虜囚となるのはあなた
カカオより歌を信じているのなら苦くて甘い音で応えて
※作中主体はチョコレートです。
* * *
言の葉の飛び交う庭に招かれて私の辞書も攪拌(かくはん)される
ヘリウムを吐き出すように笑ってる群れからすこし離れてねむる
またねって手を振ったきり君はもう夏を振り向くことさえなくて
【短歌】小さな手紙 2
すずやかな銀杏並木が黄水晶(シトリン)のしずくを散らすあきかぜの道
Twitterで交流のあった、あきかぜさんに。
* * *
◯人名折句
水に舞う瑞鳥の羽(はね)はろばろと来世を照らせ紫苑いろの灯(ひ)よ
背中には翔べないままの泣きそうな翼があった ここだけの呪詛
☆参照: http://newmoon555.jugem.jp/?eid=536
2016年前半の短歌
Twitterとは。
挨拶も交わさず星を贈り合うのが今日のコミュニケーション
つぶやきが君のアンテナ掠ったら黙って星を光らせなさい
ソーシャルな愛を安売りしたくないぼくらに星を返してほしい
液晶の窓に浮かんだ文字だけの弱い絆がぼくらのすべて
* * *
飲み会ぼっち。
饒舌な酔いどれ人に囲まれてぬるむ刺身を噛み締めた夜
* * *
地球照の夜。
三日月の欠けた部分を照らしてる地球の光のぼくらは一部
* * *
目が覚めた後に出かけるあてもなく ぼくの前には空だけがある
* * *
化学室観察日誌普遍的絶望生成過程報告
たましいがしずかに凍りついたあとゆるりと融けて絶望となる
* * *
観察され短歌。
この夏はあの子の庭の朝顔になって観察されていました
ぼくよりもきみの方こそアルマジロ珍獣決定戦で勝負だ
* * *
夢三首。
夏の夜の夢と夢とが混線し溶けあって壮大な宇宙史に
受信する夢と夢とのあわいには地球のための小さな祈りを
夢を見ている夢をみている夢を見ている夢をみている私
* * *
帰るべき巣をつくれない僕たちに夜のひかりはいつもやさしい
この森にさざめく声をかき寄せて祈りにかえる八月の魔女
楽園を追われたけれど知恵の実を齧ったことは悔いたりしない
スケルトン自動車走る透明な生き物が棲む島をめざして
蒼天を駆ける空色飛行機は世界を青に導くだろう
メロディになりそこなった雨音を拾いあつめて降るラグタイム
悪役になりきれなくてきらきらと緋色の羽根を振り撒くぼくら
(走れない)地球の重力1Gが1.5Gになる月曜日
ト短調の吐息と寝息だけ乗せて終バスはゆく夜の向こうへ
ピアニシモの吐息でしゃぼん玉を吹くようにやさしい沈黙(しじま)がめぐる
帽子から次々跳び出す鳩や花、リボンのように語りあいたい
お喋りな君の指から蝶々が舞い降りてきてこの指とまれ
歩いても歩いても家に帰れない夢から醒めたあとの秒針
人の世の蜜に焦がれた咎ゆえにこの地に生きるわれら流刑囚
空想の裡(うち)に重ねた罪を知りつつ裁かない天日(てんじつ)の眼は
バーゲンセールにされた世界を生きている魂さえも稀釈しながら
倫理学教師が夜ごと訪れて花を散らしてゆく裏通り
降りそそぐ龍の涙を掌(て)に受けて沁みゆく爬虫類のにおいに
火星発アラームも犬の呼び声も巻き込んで夏蟲交響曲(なつむしシンフォニー)
アンドロイドの踊り子たちは偽りの楽土の夢を舞いながら散る
蟲や樹の御魂がヒトに輪廻する秘史を忘れて虐殺の庭
冥闇(くらやみ)の淵に彫られた傷痕が花になる日を待ち焦がれてる
木洩れ陽も猫もわたしも生塵もすべて一つになるeuphoria
☆参照: http://newmoon555.jugem.jp/?eid=514